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2012年 06月 22日
![]() 「ヨシザカについて私が知っている2、3の事柄」 4.卒論 W大では卒論と卒計は必修だった。 卒論は各研究室の前に張り出されたマスターやドクターの研究課題を見て自分に合った物を選び、その下に付いておこなうのが常だった。 だが、どの研究室の課題を見ても惹かれるものの無かった私は、ヨシザカに直談判した。 「先生、イレギュラーカーブの研究をやろうと思います」 「それは何ですか?」 「コンパスや定規では描けないフリーハンドの曲線です」 「ああ、それじゃ、少なくともバロックからやらないとダメだ。 ドクターのT君にOKをもらったらやってもいい」 Tさん(オーバードクターで研究室の主だったので、私達4年は秘かに長老と呼んでいた)の所へ行き、話をすると、それとはまるで関係ない話を延々とされた。そして最後にポツリと言った。 「ハンコは忘れたから、後で押しとくよ。紙はそこに置いといて」 こうして私の吉阪研通いが始まった。 吉阪研は都市計画に属している研究室だが、正直言って民俗学研究室のようだった。 部屋を開けるとアフリカの木製チャリ(イス?)が正面にころがり、その脇に理由(わけ)のわからない不思議な彫り物や入れ物がゴロゴロしていた。 少なくとも都市計画というハイソな匂いとは逆の匂いがムンムンしていた。 実際、都市ではなく農村漁村を研究している者が多かった。(漁村の方が農村より人気があったのは、食事の豊富さに因る) 私は週に一回通ってTさんに進捗状況を報告したが、それが終わった後も部屋に残ってその不思議な匂いに浸っていた。この不思議な匂いはTさんと(同じく長老の)Fさんの吸うパイプの匂いも合わさって、私には麻薬のようだった。 居場所を見つけた私は、卒論に勤しんだ。 ヨシザカの言葉に発奮して歴史の勉強を始めた私は、バロックより更にさかのぼり、イレギュラーな形がプリミティブな状態で生成する瞬間を突き止めようとした。 そして結果的にそれは空中分解した。 「イレギュラリティーに関するメモ」という、イレギュラーカーブ以前の、形の生成の覚え書き程度の試論にとどまった、というか、その程度で終わってしまった。 本当はもっと具体的で濃密なものになるはずだった。 夏休みに私はスイスのアルテミス版のコルビュジェ全集をフランス語の辞書を引き引き読破しようとした。(院の入試のフランス語の勉強も兼ねていた) 目的はコルビュジェの建築遍歴の中でイレギュラーカーブが生まれる過程を追いながら、それらを分類し、追体験することだった。そしてそれなりの成果を得ることはできた。 だが、それは卒論の没原稿となった。 全体の流れがバナキュラーやエコロジーを含んだ哲学的なものになってしまったため、コルビュジェのイレギュラーカーブの話はどうしても唐突でそぐわなかったのだ。 (だが、後年、ある建築雑誌の懸賞論文でそれは日の目を見た) いずれにせよ、私の卒論の発表は中途半端で散々だったが、それを聴いたある教授が 「吉阪研に行く学生は何でこういつも哲学的なんだろうね」 と言った言葉は今でも深く耳に残っている。 かずま
by odyssey-of-iska5
| 2012-06-22 22:48
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