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2015年 04月 28日
![]() 「ヨシザカについて私が知っている2、3の事柄」 拾遺篇8.Humor 現代日本建築家全集(三一書房)の第15巻(どういうわけかヨシザカと芦原義信という、ほとんど正反対の建築家がカップリングされている)を学生時代に初めて見た時のことだ。 ヨシザカとU研の作品はどれも少し変で、変わっていて、不思議なおかしみがあるが、中でも一見普通の住宅に見えて、だが見れば見るほど変だなと思った住宅の写真がある。 赤星邸('63)の居間だ。 この住宅はRC造の2階建てで、1階は玄関と女中室で、ほとんどの部屋が2階にある。 左側のドアは開けると1階へ下る階段があり、右側の不思議な人魂のような形の開口部は奥の食堂へつながっている。 だが、その2つの形と関係はあまりに変で、(不思議な会話をしているようで、)初めてこの写真を見た時はどういうわけか、ロートレアモンの「解剖台の上のミシンとこうもり傘の偶然の出会い」を思い出した。そして、どこかシュールでおもしろいと思った。 そのほか、階段の手摺も巨大な数珠が並んでいるようで、なんでこうなったのかしらん?という感じだ。外部テラスや屋上へ上る階段の手摺も鉄筋をフープ状に曲げて膨らんだオブジェのようで、実際に触るというよりは愛でる(目で愛する)感じだ。 内外の壁もロンシャンのようにモルタル吹付けで光の粒子がデザイン化されている。 ヴィラ・クゥクゥ('57)にも言えることだが、赤星邸はディテールを隅々まで検証し直し、不思議化されている。 こうした不思議な発見はほとんどの住宅で散見できる。 浦邸('56)のピロティ下のコンクリートには乾く前にいろん言葉や記号が描かれている。 アプローチの床には「Knock and it shall be opened unto you」(叩けよ、然らば開かれん)の聖書の言葉が書かれ、来訪者を出迎える。また、勝手口の階段下には葉緑素の化学記号がなぜだか描かれている。(実際、浦邸はツタで覆われ、樹木で囲まれている) 洗面所の鏡は人魂のように不整形だし、ホールのスイッチプレートはカラフルに塗り分けられている。外壁のレンガの凹凸はまるで恐竜か爬虫類の皮膚のようだ。 これらはほぼ同時期につくられた吉阪自邸('55)とリンクしている。 自邸は階段を上ってくる来訪者を先ず耳の形?をした窓が迎える。その横には(余程の人でないと意味は分からない)漢詩が書かれ、玄関脇には「AUDOCES FORTUNA JUVAT」(大胆なれば幸運を掴む)の言葉がある。 この建物はコルビュジェのドミノ・システムのようなコンクリートのラーメン構造のスケルトンの間にコンクリートブロックが挟まっているのだが、それだけでは単調で味気ないものになってしまうのでレンガを所々に挟み、模様が描かれている。(ブロックが一重だったせいもあるが、これが結果的には命取りとなり、大雨の時のレンガの目地からの雨漏りは凄かったようだ) 私は自邸の前にあるU研によくコンペの手伝いに行ったが、その時、自邸の前の書庫('64)のおばけ(オバQ?)のタイル絵にボールを当てて一人でキャッチボールしているスタッフの姿によく出くわした。 この書庫はヨシザカの本が大学や自邸に入り切らなくなったので、リブコンのパネルを現場で組立てるという、安価で早い工法でつくられたのだが、そこはさすがにヨシザカとU研で、ただののっぺらぼうなコンクリートパネルにはせず、見本のタイルをおばけの形に並べて工場で打ち込んでいる。 こうしたユーモアはどこから来るのだろう。 ユーモア(Humor)は体液を意味するフモールが語源だとする説と、Humanから来ているという説がある。後者であれば、ヨシザカとU研の「ユーモア」は合点がいく。 彼らは常に自然と人間の生活の調和を第一義に考え、それと形との接点を追い求めていた。それらは互いにフィードバックして一つに修練していくが、万が一それが上手く行かなかったとしても、形のために人間の生活が犠牲になる、ダメになる、という思考経路や結果を彼らはけして選ばなかった。そして形が人間化されていく、Humor化されていく道を彼らはいつも選んだ。 建築の世界からどんどんユーモアが消えていくのを感じる。 早く、安く、簡単につくる中で、何のためにつくるのか、誰のためにつくるのか、そのためには何をしなければならないのか、を立ち止まって考える、感じることが無くなっている。 こうした時代に、もう一度ヨシザカとU研の残した建物の意味を考え、受け継ぐことは大切だ。 かずま ![]()
by odyssey-of-iska5
| 2015-04-28 13:44
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