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2016年 02月 26日
![]() 「ヨシザカについて私が知っている2、3の事柄」 拾遺篇17.松さんのこと 先週土曜日、八王子の大学セミナーハウスで、「みなでつくる方法─吉阪隆正+U研究室の建築」展のシンポジウム「ヴェネチア・ビエンナーレ日本館から大学セミナーハウスへ」があった。 私は風邪を引いていたが、大学セミナーハウスのその後が心配で見たかったのと、久しぶりに多くの先輩、仲間達と旧交を温めたかったので、事務所のH君を連れて雨の中、出かけた。 野猿峠に向うバスの中で先輩のUさんやYさんと出会い、バスを降りて話をしながら坂道を上った。昔は山里の中にあるとばかり思っていたセミナーハウスのすぐ下近くまでマンションや住宅が迫っていて、少し興醒めした。おまけに、移築された民家の遠来荘が無くなっていて、ガッカリした。だが、U研に入ったばかりのジュニアが担当した「目」は相変わらずそのままだった。それを見ながら迂回して本館に入り、そこからブリッジで渡って会場の講堂に行った。開始までまだ時間はあったが、既に人で一杯だった。幸運なことに前の方に席が空いてたので、そこに座り、開始を待った。定刻に始まり、SITEの斎藤さんの司会で鈴木絢さん、戸沼先生、象の富田さん、(昨晩タイから戻り、飛び入りの)樋口さんの順で懐かしい当時の話が再現されていった。 途中、どういうわけか私は咳が止まらなくなり往生したが、前にいたご夫人が「これを舐めたら」と言って柔らかい飴の包みをくれた。後で松さん(松崎義徳さん)の奥さんだと知った。松さんが亡くなってから14年が過ぎた今日、松さんの文章と多くの追悼文を合せた「今日は、よく歩いた。」が刊行され、みなでそれを手にした。 松さんと初めて会ったのは、大学院に入り、ジャンケンで負けて夜間の専門学校のTAになった時だ。その授業は1年間コンペと卒計をするだけという不思議な内容で、先生は松さんを始め、大竹ジュニア、丸欣さん、遠藤さん、先輩Hさんら、ヨシザカの息のかかった、今から思えば超豪華メンバーの人達で、その中で松さんは一番寡黙だった。その後、コンペの手伝いでU研に出入りするようになり、顔を合わせる機会はさらに増えたが、いつも考え事をしながら眠っているかのような寡黙な印象は変わらなかった。忍耐強い山男の風貌はさらにその印象を深めた。 だから建築知識78年8月号に掲載された「階段は意思、廊下・斜路は情緒、橋は夢…」という松さんの文章を初めて読んだ時は、長文で論理的でありながらどこか文学的で詩的な香りがあり、とても驚いた。(それは今回の本でも読める) 今回この本を読んで一番おもしろかったのは竹本忠夫さんのU研時代の話だ。 少し長いが引用する。 「栃木県立博物館設計コンペの中で、金太郎飴案(吉阪先生)で進んでいた計画案を何か納得いかないのか、何か不満があったのでしょうか、太いマジックインキで松崎さん独自の案を繰り返し繰り返し何かつぶやきながらエスキースをしていました。エスキース模型を作成し、毎夜松崎さんと吉阪先生スタッフ一同と粘り強くディスカッションしていてとうとう吉阪先生も音を上げられ、却下理由がおもしろくないとか、記念写真を撮る場所がないとかだった様に思います。最後には民主主義は疲れるとこぼしていたのを思い出します。独断専行で進んでいた計画に何かおかしいと思ったのでしょうか、対案を出し粘り強く松崎さん流の抗議の仕方、物を作る時の姿勢はこうだと今に思えば示されたように思います。」 光景が目に浮かぶようだ。さすがのヨシザカも松さんの粘りには根負けしたことだろう。 この本の最後は松さんの娘さんの肉親でしか感じえないすてきな言葉で終わる。 「父が亡くなってから、私の心の中に、父が『生まれた』。 何かを語りかけて来るわけでもないが、私と一体となりいつも一緒にいるように感じる。 父が宇宙と一体化し、包まれている感じとも言える。」 ![]() シンポジウムはほぼ定刻に終了した。私は残ってセミナーハウスに泊まり、みなと夜中まで語り合いたかったが、いかんせん風邪がそれを許してくれない。 富田さん、樋口さん、丸欣さんらレジェンド達に挨拶し、外に出た。 だいぶ暗くなっていたが、久しぶりにセミナーハウスの敷地を、H君の勉強がてらいろいろ説明しながら歩いた。 悲しいことに、あの馬蹄型に囲まれたユニット宿舎群は、一部をアーティスト用に貸し出し残すだけで、ほとんど跡形もなく消えていた。 これでは、凹凸の激しい自然の中で生活しながら学ぶ、という初心は誰にも伝わらない。 松さんが「橋は夢…」と言った、わざと揺れるように設計した「かや橋」もメンテナンスされずに閉鎖されている。そのため敷地内を自由に回遊できなくなり、とても不自由だ。 長期セミナー館の外壁もやはりメンテされずに痛々しい。 それに引き替え、交友館前には巨大なコンクリートの宿泊棟がボラー(鉄腕アトムの「史上最大のロボット」に出てくるのっぺらぼうのロボット)のように建っている。 便利さと怠惰が思想をどんどんダメにする。 だったら、身体を鍛えろ! でなければ、精神なんか鍛えられないだろ!! 私のこうした悲嘆と不満が、どこまで若いH君に通じたかはわからない。 ただ、松さんが担当者として心血を注いで残して行った建物群を見ながらどろんこになって自然の中を歩くことで、たぶん何かは通じただろう。 やはりヨシザカとU研の建築と思想を一番肌で感じられるのはこの建物群だ。 多くの人に来て、体感してもらえることを願って止まない。 かずま ![]()
by odyssey-of-iska5
| 2016-02-26 19:17
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