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2016年 03月 31日
![]() 「ヨシザカについて私が知っている2、3の事柄」 拾遺篇18.これからの人へ 「みなでつくる方法─吉阪隆正+U研究室の建築」展の最終イベント(正確には翌日、会場でおこなわれた展示解説が最終イベント)として3月5日にギャラリートーク「吉阪隆正のことばから」がおこなわれ、マウントフジアーキテクツスタジオの原田麻魚と403architecture [dajiba]の辻琢磨の、若い二人の建築家が話をした。 これまでヨシザカ関連の展覧会で話をするのは身内ばかりで、新味に欠けていたが、身内外の、しかも若いこれからの二人がどんな話をするのか、とても興味津々だった。 マウントフジアーキテクツスタジオのことは以前から知っていた。 その不思議な事務所名と、つくるものに若者“らしさ”と今の時代“らしさ”を感じるので。 ただ、木を使った建物は良いのだが、コンクリートはもろにコンセプチュアルで、MVRDV的だったりして、一体彼らの出自は何なのだろうと思っていた。 だから原田麻魚が以前、象にいて、樋口さん経由でヨシザカとつながっていることを知って、半分わかったような、でもやっぱりわからないような気がした。 403architecture [dajiba]のことは(最近、建築雑誌をきちんと読んでいないので、)全く知らなかった。 彼らの仕事はリフォームが多く、建築の町医者のようで、作品のほとんどが浜松市内の歩いて行ける距離にあるのを今回知って、こういう人達が増えたらまちはどんどんおもしろくなるなと思った。
二人ともヨシザカの本をよく読んでいて、今回のトークに合せて印象に残る言葉と自分達の作品とを代わる代わるパワポで映しながら手際良く説明してくれた。展覧会慣れしている。 ヨシザカが亡くなったのは1980年の暮れだから、今から35年以上前になる。 当然、生前のヨシザカに原田麻魚(1976〜)や辻琢磨(1986〜)は会ったこともなければ、知る由もない。だからダメだというのではなく、だから羨ましいなと思う。 私はヨシザカの死や、その後勤めた事務所のボスである菊竹の死(2011)に出くわし、深く考えざるを得なかった。近くにいた分だけその影響から抜け出るのに時間と労力が必要になる。 その分、彼らは簡単にヨシザカを語れるし、場合によってはサンプリングの如く自由にヨシザカを駆使することもできる。だが、私にはできない。もっと重い荷物を抱えて立ち尽くすドン・キホーテかサンチョ・パンサのように、近づいて正確に語ろうとするか、できるだけ遠く離れて知らんぷりんするかのどちらかだ。 こういう事態を予見し、大竹十一さんがヨシザカの死後の座談会でヨシザカの意を汲み取りながらこう述べている。 「・・・ここで、大事なことは、各人が彼(ヨシザカ)の言葉なり、文章なり、行動なりで、本当に気に入ったことがあったとしたら、もうこれからは、それを彼から貰ったということは忘れることだ。それは必ずできる。それはもう自分のものなのだ。しっかり自分のものとして、自分の思ったように使ってゆけばよい。もとの形が変わってしまっても、一向にかまわない。その源が、吉阪隆正にあることを思い煩っている間は、けっして自分のものにはならないし、良い成長もしなければ、良い遺伝子にもけっしてなれないと思う。 彼の残したものは実にいっぱいある。そして大変にユニークなものばかりだ。これが全部、多種多様な人たちのなかに、少しずつでもその人のものとして新しく成長できたら、こんなに愉快なことはないし、それが結局は彼への何よりのお返しだと思う。ここに集まった者どもはもちろん皆堂々と自分の道を歩いて行くだろう、他の人たちも皆そうあってほしいよ。と同時に、何年かに一度位は、そのそれぞれに新しく成長した遺伝子を再会させたら、どんなことが起きるか、何か一つの問題に合同で取り組んでみる機会がつくれたら、これまた愉快な実験になると思うね。・・・」(建築文化8106号) さすが十一さんで、実にすてきな言葉だ。 この言葉にはまったくもって同感だ。 この言葉を若いこれからの人たちへ贈ると共に、もう一度私自身も噛みしめ、心に刻んで、もう少し前へ進みたいと思う。 かずま
by odyssey-of-iska5
| 2016-03-31 22:06
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