遺言5

１．出会い

「ヨシザカについて私が知っている２、３の事柄」
　１．出会い

出会いは最悪だった。
「このクソジジイ、死ね！！」と思った。

それは大学の入学式の日のことで、私達建築学科の新入生190名を前に、壇上のホーチミン髭の男は「この中で建築家に成れるのは７名です」と断言した。

　　ということは、後の183名は成れないってことか？！
　　つまり、ほとんど成れないってことか？！

いきなり冷水を浴びせられ、私の頭は逆上し沸点に達した。
たとえ第二次オイルショック直後でそれが正しかったとしても、何も入学式の日に、希望に燃える人間に向かって言うべき言葉ではないだろう！！と私は激怒した。

　　その代わり、君たちには４年間の時間がある。
　　私は山岳部で年の半分以上は山に行き、
　　山だけは誰にも負けない、自分が一番だという自信がある。
　　君たちも何でもいいからこれから４年間かけて、
　　これだけは負けない、自分が一番だというものをつくれ！

ホーチミン髭の男は確かにその後こう言ったのだが、怒りで逆上している私はほとんど覚えていない。何しろこのクソジジイの言うことは今後きちんと聞かないことにしようと思ったことだけは確かだ。

数日後、１年生のオリエンテーションが八王子の山奥にあるセミナーハウスであった。
自然の中に建物が散らばっていて、なかなかおもしろいなと思った。
だが、ホーチミン髭の事務所（Ｕ研究室）が設計したと聞いたら、どうってことないや！と思い返した。
ただ、ブルドーザーで造成されて行く対岸の山を指差し、ホーチミン髭が、
「みなさん、見なさい！自分のことしか考えない人間は平気で自然を壊して行く」
と言った言葉は今でも覚えている。

建築概論（各教授が自分の専門分野を初心者の１年生にわかりやすく講義する授業）で、ホーチミン髭がアルゼンチンの大学で教えていた時に樹の下で本を読もうとしたら日本と逆方向に影が動いたと語った時も、
（あたりまえだろ！南半球なんだから！）とふて腐れて聞いていた。
それどころか、さっさっとエスケイプし、ラグビーの同好会の練習に出かけてしまった。

結構有名な先生なんだよ、という仲間内の声にも、
コイツのどこがいいんだよ？！という感じで、何しろヨシザカの印象は最悪だった。

そのうち私の頭の中からヨシザカは消えていき、次に直接出会うのは４年になった時だった・・・

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　かずま

０．はじめに・・・

「ヨシザカについて私が知っている２、３の事柄」
　０．はじめに・・・

ヨシザカが亡くなって30年以上の月日が過ぎた。
だが、私は一度もヨシザカがいなくなったと思ったことはない。
今でも心の中でいつも彼と会話をしている。
心の中のヨシザカはいつまでたっても63才のままで、あの独特の（咽が痛くなるような）声で話しかけてくる。そういう私も26才のままで、いつも闘牛場の牛のように突っかかっていく。そしてヒラリとかわされる・・・

私はいつもヨシザカについてきちんとした文章を残したいと思ってきた。
それが最晩年の弟子で最も接する機会の多かった人間のなすべきことだと思っていた。
だが、生来の怠け癖と毎日の由無し事に追われ今日まで来てしまった。
そのうち、私は論文のような文章は書けないが、私の接したヨシザカについてその時私がどう感じたかなら書けるだろうと思うようになった。
つまりこれから書くことは一般的な吉阪隆正論ではなく、「私にとってのヨシザカタカマサ」をただ時系列にそって並べた感想文に過ぎない。
だが、それだけでも意味はあるだろう。
私は人から聞いた神様のようなヨシザカではなく、自分が接して感じた生身のヨシザカをできるだけ正確に記すことで、ヨシザカを地面にきちんと定着させたいと思う。

では、始めよう。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　かずま